<   2011年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

思いつき

 この秋、神戸に行ってきました。10年ほど前に住んでいたこともあって、良くも悪くも思い入れの深い場所です。当時は本当に限られた場所にしか足を向けませんでした。今思うと、勿体ないことをしたものです。
 特に新開地や長田あたりは「あの辺はガラが良くないから、あんまりうろうろせんほうがええよ」と、友人からよく釘を刺されました。他人のせいにしちゃいけませんが、新開地や湊川公園周辺は当時の勤め先からも近かったのに、ほとんど足を向けることもありませんでした。
 しかし、今となっては躊躇する理由もありません。あちらには漫画家水木しげるのペンネームの由来となった水木通という町名があるのだし、ようやく行ってみようという気持ちになりました。
 新開地のメーンストリートはきれいに舗装されてはいましたが、人通りは少なくがらんとしていました。ぞろぞろと競艇に向かうオジサンたちの列が続いているくらい。横断歩道には交通整理の人が数人配置されているのですが、人出のわりに大げさというか、やや、ものものしい雰囲気に感じられました。

 せっかくここまで来たので、新開地の老舗喫茶「エデン」に行きました。
 一見さんばっかりでざわついた雰囲気の店を想像していましたが、実際に見たのは常連さんがくつろぎ、会話する、どの喫茶店にもあるおなじみの風景でした。有名店というのは、あくまでも第三者的な評価であり、百聞は一見に如かずであることに、遅ればせながらようやく気付かされました。
 船室に似せて作られたという凝った内装も、創業祝い(たぶん)の鏡の市内局番がひとケタなのも、わざわざ見に行く価値のある店だと思いますが、それに加えてすばらしかったのは、マスターの客あしらいのうまさでした。
 マスターは想像していたより意外と若い方ですが、ご自身の両親以上の齢のお客さんを相手にしていたかと思えば、店に似つかわしくない雰囲気ばりばりの余所者の自分にも、合間合間に話しかけてくれ、誰にとっても居心地のよい空間を創り出す人柄のあたたかさがありました。
 ここをきっかけに、新開地や湊川公園近辺の喫茶店を何軒かはしごしました。パチンコ開店待ちの客が集う「ベラミ」、「コーヒ」と大書した看板が目立つ「小町」、おしぼりとお冷とホワイトパピロが同時に出てきて食堂みたいにだだっ広い「ベニス」など、どの店もそれぞれの個性があり、地元の人に慕われていました。
 
 1年半後、再び新開地を訪れました。この日の目的は入江近くにある喫茶「思いつき」を訪ねることでした。昨年訪れた「エデン」では、神戸の飲食店を紹介した「神戸ぶらり下町グルメ」*という本を拝見したのですが、読んでいて最も印象に残ったのがこちらのお店でした。
 本には文字通り“思いつき”で始めた四人姉妹の喫茶店という紹介とともに店内奥で並んで写る写真が掲載されていました。近隣で働く人たちのためのざっかけない雰囲気の店だとか、海近くという立地条件にも惹かれました。b0158023_21155550.jpg
 阪神高速の橋げたの下を通り過ぎ、陸橋を渡っていくと雰囲気が徐々に変わってきました。船工具という看板のかかった工場が数軒ありましたが、意外にも町なかは眠ったように静かです。
 看板が出ていなければ民家として通り過ぎてしまうようなひっそりとした外観でした。
 そっとドアを開けると、おばあさん2人がテレビを観ていて、このお2人が店の方たちでした。
 店中央の大きなテーブルを勧められましたが、窓際のつくりつけのテーブルのある席を希望して座りました。昔の駅の待合室の椅子に座ったような感覚で、反対側の窓ぎわにすえ付けられた大きな液晶テレビを観賞する格好となりました。デラックスな感じ。
 椅子にしばらく座っていると、床の部分は入口に向かってなだらかな傾斜になっていることに気付きました。この理由について伺うと、掃除のとき水はけがよくなるように、つまり「楽をするため」なんだそう。

 本の掲載を見てこちらへ伺った旨をお伝えすると、いろいろな本やテレビで紹介されたのだと、お2人はかわるがわる、店について、お話を聞かせてくださいました。
 最近うれしかったのは神戸新聞への掲載だったそうで、今では珍しくなった葉っぱの模様が入りの窓ガラスをうまく切り絵に再現してくれたと、記事の切り抜きを見せてくれました。実際の窓ガラスをよく見てみると、なるほど、凝っています。自分たちはずっとあたりまえに使っていたものだけど、珍しがってやってくる人たちは目のつけどころが違うなあ、よく気が付くとおっしゃっていました。

 建築や美術に関心のある若い人たちを連れて、お孫さんが店にやってきたこともあるのだとか。店内はもちろん、店奥のお茶の間など住居部分までお宅見学されたそうです。「建もの探訪」みたいな様子を想像しながら、さまざまな人が興味をもち、わざわざここに訪れてきているのだと感慨深い気持ちになりました。

 お茶するという本来の目的以外で訪れるお客さんも増えた近ごろですが、元々は近隣にあった造船所神戸ドックで働く工員さんたちの利用が多く、椅子に座るような暇は片時もないほどだったとか。
 肉体労働の彼らには、ケーキやお饅頭が飛ぶように売れた、と今は置き物などを入れてあるガラスケースを指さして教えてくれました。今自分が座っている窓際の席もそれぞれ、常連さんの間でお気に入りがあったらしく、背もたれに当たる部分の板は塗装が剥げていました。板張りの椅子は昔は畳敷だったそうで、造船所の人たちは作業服の油で汚れるからと、新聞紙を敷いて座っていたのだとか。「汚れても構わなかったのになあ」と言いながら、気を遣っていたお客さんのことを話してくれました。
 喫茶店を始めた頃は20代で、それから50年以上が経ったけれど、今思うとあっという間だったと、お2人は昔の思い出を神戸弁で、時には冗談を交えつつ話してくれました。

 「エデン」と「思いつき」、この2軒の店に共通していたのは、内装が船大工の設計ということと、地域の人に愛されながらも、初めての人間でも分け隔てなく迎え入れる懐の広さでした。b0158023_21152871.jpg
神戸市兵庫区西出町
コーヒー 310円
お昼過ぎ2~3時までの営業とのことでした。
*神戸の昔の面影を切り画とともに紹介するコラム(正確なタイトルは忘れました)。2010年10月か11月頃の掲載だったと思います。
**柴田真督 著「神戸ぶらり下町グルメⅡ」神戸新聞総合出版センター、2007年。
[PR]

by matsutakekissa | 2011-11-30 08:25 | 旅編(東京都以外) | Trackback | Comments(0)  

マウンテン

 活気ある大きな商店街内には、意外に喫茶店が少ないような気がします。生鮮食品に生活必需品などの店の数は充実していても、その数に比例しているというわけではなさそうです。昔はもっとあったけど、淘汰されてしまったのか、それとも、お買い得な買物の後は、どこにも立ち寄らずにまっすぐ帰ってしまうのか。
 そんなわけで、商店街は栄えていようがいまいが、いい喫茶店があるかどうかにはあんまり関係がない。ただそれが言いたかっただけなのです。

 この日は東大島駅から大通り沿いに南下し、ひたすら歩きました。目的地は東砂にある末広商店街です。都営住宅群を抜けてしばらく歩くと、ようやく商店街の入り口にたどり着きました。
 お昼すぎという中途半端な時間帯のせいか静かで、中ほどにはマーケットもありました。ここは昔からある商店街のようです。このような住宅街の真ん中にある商店街は、駅前から発展した商店街と比べチェーン店は少なく、ローカルな雰囲気が漂います。
 歩いて行くと、店先に人形焼をならべたテーブルを置いた接骨院がありました。副業として売っているのかと思ったら、人形焼はメーカー商品を販売しているのではなく、自家製でした。店の裏手には人形焼の店舗がありましたが、人の気配がありません。どうやら焼き上げた後は表で販売しているようです。
人形焼は餡入りと餡なしがあり、なしの方を一袋買いました。11個で200円と、観光地で買うのよりずいぶん安い。屋号は江東屋とあります。後日ネット検索してみると、近所では知られた存在らしく、いくつも紹介サイトが登場しました。
b0158023_21521511.jpg
 そろそろ引き返そうかと思った時、喫茶店の看板がありました。マウンテン=山。良い名前だ。反射的にドアを開けると、店内はほぼ満席状態で、1席だけ空いていたカウンター目の前の席に座りました。
 ランチを取りにきたお客さんが多いらしく、店内にはいいにおいが漂っています。まだお昼を食べていなかったことを思い出し、自分もピラフとコーヒーのセットを注文しました。

食後のティータイムの話に花が咲き、賑わう人々。良い雰囲気が流れていました。おもしろくもくだらない会話の応酬が続き、それを聞きながらぼんやりと食事をしていました。完全によそ者で、周りは知らない人ばかりなのに、不思議と居心地はわるくない感じです。コーシーという発音も、久しぶりに耳にしました。
 それに、店主のびっくりするような発言もあったのです。世間話から地元の話題になった時、「砂町あたりはあまりいい町じゃないね。けっこう保守的だから、私みたいなよそ者はなかなかなじめない」という主旨の内容でした。
 お客さんはもちろんのこと、お店の方もてっきり地元出身だと思っていました。結局、東京だろうとどこだろうと、ムラ意識というのは必ず存在し、近づこうとすると見えない壁が立ちはだかること、自分も経験してきたからです。共感を覚え、心の中で相づちを打ちました。
 しかし、それと同時に、ちょっと不安になりました。でも常連さんの中では反論する方はおらず、場が冷めることもなく、誰かが「私はずっとここに住んでいるからね、わからないよ」と言っただけでした。
b0158023_21524123.jpg
 一定の時間が経ったのか、気が付くと一人、二人と帰っていき、とうとう、店主の方と自分とふたりきりになりました。いい機会のはずだと思って、店の方に話しかけたものの、この日の自分はあと一歩の勢いがなく、かえってうさんくささを与えてしまいます。
 「でも、どうして喫茶店なの? どんな店でもかまわないの?」と本質を問いかけられ、しどろもどろに答えながら思いました。本当に必要性があると信じて、これを続けているのかな、と。
 なんとか主旨を分かっていただいた後に聞いた言葉は、新しい内容ではなかったのですが、心に重く残りました。
 「さっきも言ったけど、この町はとても保守的なところがあります。でも、みなさん、それぞれ悩みを抱えていて、それを共有してて。ここへ来たお客さんは、たとえ初めてでも落ち着くっていうんですよ。25年やっててよかったのは、そういうところかな」
 聞くまでもなく、雰囲気からそういうものを感じ取ってはいたのだけど、それを言葉で聞けてよかったなあ。

江東区東砂4丁目
[PR]

by matsutakekissa | 2011-11-18 22:05 | 江東区山 | Trackback | Comments(0)  

町をあるく口実

 知らない町を歩くのは好きですが、ただやみくもに、しらみつぶしに回るのはノルマのようで疲れます。町を歩く動機づくりとして、以前、試したことのひとつをここに書いてみます。

 きっかけは重盛栄信堂西小山支店で購入したカステラ焼でした。それをお土産として渡した先で、「えらく昔っぽい型だね」と言われてしまいました。
 改めてよく見ると、ピストル、戦車、日章旗、鉄帽らしき形をしたカステラばかり。戦前の型?おまけに外装には未だに目蒲線と印刷されています。他の支店もみんなこんな形なのでしょうか? それを確かめようと支店めぐりをすることになったのです。
 重盛人形焼の黄色い包装紙に印刷された支店の住所を見ると、その多くは、ちょっと微妙な場所にあります。西早稲田に金町、成増、中延、南千住に三河島・・・・・・。渋谷、新宿などのターミナル駅ではなく、都内各地の商店街に店を構えているようです。
 その結果、あの不思議な型を使う支店は、自分の知るかぎり西小山と人形町の本店にしか見当たらず(全部の支店をまわっていないのであしからず)、またカステラ焼そのものも取り扱わない支店があったりと空振りに終わることも少なくありませんでしたが、これを口実に知らない町を歩くのは目新しさがあり、当初のおめあてがなくても充分楽しめたのです。

 たとえば、練馬区にある富士見台支店を訪れたときのこと。こちらの店舗にはカステラ焼ではなく登り鮎がありました。富士見台駅から、商店街を抜けていくとやがて住宅街に入ります。大きな公園を抜けたあたりまではよかったのですが、地図を見ずに歩いていたため、だんだん心細くなってきました。
 住宅街から再びぽつぽつと商店が混ざり始めたあたりに、古めかしい外観の喫茶店がありました。窓と入り口ドアにはカーテンがかかり、オレンジ色の灯りがちらりと見えました。道には迷っていましたが、あまりためらわずに中に入ってみました。
b0158023_1214534.jpg
 店内にいたのは店のおじさんとおばさんのみでした。テレビの音だけが静かに流れていました。
 赤と紺のビニールレザーの椅子が交互に並び、それと反対色の座布団が置かれ、背もたれにはレース調のカバーがかけられています。こういうディテールが乙女心をくすぐるとでもいうのだろうか。身の回りにひそむ可愛いモノに鈍い自分ですが、これには思わずみとれてしまいました。
 椅子もテーブルも床のリノリウムも古びてはいたのですが、手入れがきっちりしていたのが印象的でした。カウンター席が荷物置き場、なんてことも、昔からの喫茶店ではよく目にしますが、それもありません。
 ランチ終了時間きっかりになると、表に出してあったメニューの看板が下げられていました。しまった、食事も頼めばよかったなあ。
 店を出てしばらく歩くと、隣駅の商店街のはずれに出ました。歩かなければこのような駅と駅の間にある喫茶店に出会うこともなかったなあ、と賑やかな通りに出てから思いました。

b0158023_12175795.jpg

 話は再びカステラ焼に戻ります。最近になって、東京の手土産紹介本『東京手みやげ逸品お菓子』(料理通信 編集、河出書房新社、2009)を読んだところ、人形町の板倉屋に戦時焼という名物があるのを知りました。
 添えられた写真には、重盛の人形町や西小山の店で見たカステラ焼と同じ形の商品が写っています。
本によれば板倉屋の創業は明治37年で、戦時焼はその頃からの名物だそう。ちなみに人形町の重盛栄信堂の本店創業は大正6年です。いえ、別に元祖探しをしているわけではありませんが。
 さっそく、板倉屋を訪れてみると、店先には名物・人形焼と書かれた暖簾がかかり、奥では職人さんが働いているのが見られました。その他瓦煎餅系の甘い煎餅も置いてあり、商品展開は重盛とほぼ重なることに気が付きました。
 間口の狭い店ですが、有名店なのかたくさんの色紙が並べられていました。カステラの輪郭はこれまでに買った店より形がよく浮き出てはっきりしています。大量生産をせず、丁寧な仕事をしてややいい値段を付けることが、他店との違いのように思われました。
 それにしても、こんな型のカステラに出会うとは思いもよりませんでした。ざっくり言うと語弊があるけど、東京って面白い町だなあ。かつて反戦運動がさかんだったころなど、このお菓子に対する逆風もあったのかもしれませんが、そこでやめないでいたからこそ、今では貴重なものとなっているのでしょう。b0158023_12212613.jpg


ローリング 練馬区貫井
ホットコーヒー 350円 ランチ各種 700円~
※ローリングは既に閉店との情報をいただきました。【2013.2】カステラ焼(袋詰め)の値段(2011年冬~春頃、うろ覚え)
※個数は店舗によって異なります。
重盛栄信堂 西小山支店
260円・500円
重盛栄信堂 総本店
600円~
板倉屋
400円~
 
[PR]

by matsutakekissa | 2011-11-10 21:40 | エトセトラ | Trackback | Comments(0)