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アメリカンホームメイドチーズケーキの味

b0158023_12441680.jpg 電車代を節約するため、代々木上原から京王線方面に歩いていた時のことでした。
 ようやく甲州街道までたどり着き、あとひと息。幡ヶ谷と初台の中間地点を歩いていると、裏道の方に喫茶店がありました。近づいてみると、よく見かける雰囲気の珈琲専門店でした。珈琲豆の対面販売スペースがあり、カウンタースペースにはサイフォンが並び、木製の板にメニューが書かれ、上からぶら下がる光景がありました。
 ドアを開けると、他のお客はいませんでした。専門店らしくコーヒーバリエーションのメニューが色々あって興味をひかれましたが、結局いつもと同じ普通のブレンドとチーズケーキを注文しました。壁には戦闘機や外車の写真があり、その時はマスターの趣味かなあとながめていました。
 しばらくして、「おまたせしました」と運ばれてきたケーキは普通の店の1.5~2倍はあろうかという大ぶりのサイズで、コーヒーもやや大きめのカップになみなみ注がれていました。ケーキは甘さ控えめでチーズの味が効いており、コーヒーもやや薄めであっさりしています。日本風にアレンジされたものでもなければ、甘さの際立つヨーロッパ風でもない。表面はうっすら焼き色が付いていて、中はレアに近い食感でした。

 会計を済ませた時に、店の主人から「ケーキ、大丈夫でしたか?」と訊かれました。想像より大きくて、とてもおいしかったと答えると、ご主人の顔がとたんにほころびました。「これはうちの自家製なんですよ」と言いながら、輸入物のクリームチーズのパッケージを見せてくれました。説明によると、卵とクリームチーズ、砂糖、レモン、コーンスターチを加えたリッチな生地のケーキでした。
 「乳製品のおかげで、私は背が高くなったんですよ。こういう髪型とか鼻の形をしている人、この世代ではなかなかいないでしょう?」とマスターに言われ、改めてしげしげとお顔を見ると、ややわし鼻に長い首、スマートで背の高い体格に、ジェームスディーンのような髪型をされていました。
 そういう格好と体格が自然だったので、言われるまで全く分からなかったけれど、確かになかなかいらっしゃらないですよね。
 マスターは喫茶店を開く前、米軍基地で働いていたそうです。わざわざアルバムを開いて、若かりし頃の写真やご自慢の奥さんの写真まで見せてくれました。これまでの常識がすべてひっくり返ってしまった終戦後、厳しい食糧事情とアメリカの豊かさに触れた世代の方で、マスターいわく、この背と首と鼻は、戦後支給されたミルクのおかげなんだとか。
 食卓の欧米化によるマイナス面ばかりを聞いて育った自分としては、乳製品を称賛し、背丈の高さについてこだわりを持っているマスターの価値観は、少し新鮮に思われました。

 メニューには他にもカレーライス(肉大芋飯とか書いてあったような気がする)やサンドイッチがありましたが、どれもアメリカ仕込みの味なのでしょうか。
 店は始めて35年くらいだけど、家自体は大正のものだそうです。改装されているのか、外観を見る限りはよく分からなかったのですが。最初はよくある珈琲専門店かと思って入ったのですが、まさか、こんなにバックグラウンドをお聞きできるとは思いもよりませんでした。それにしても、人に語れる人生があるって、すてきだなあ。

珈琲専門店 珈和世
渋谷区本町
ブレンド 350円
チーズケーキ 370円
※不正?な処理により写真が消えていたので再掲載しました。

※珈和世は既に閉店されたそうです(eさまからコメントお寄せいただきました)
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by matsutakekissa | 2011-07-28 13:00 | 枯れマツタケ | Trackback | Comments(2)  

思いつくまま、つらつら書いてみた

 体調不良のため、しばらくブログから遠ざかっていました。天井をみつめながらふとんに横になっていると、思い出や台詞がよみがえり・・・はするのですが、そのほとんどがどうでもいいことばかりでした。
 その日思い出したのは、自分の母が台所や物干し場で口ずさんでいた歌でした。

 「人のものは俺のもの 俺のものは俺のもの だから地球は俺のもの
 ごきげんだーぁねッねッねッ」(うろ覚えです)

 たしか小学生の時、初めてその歌を耳にしたときはなんとも思わなかったのですが、歌詞をよくよく考えると、盗っ人たけだけしいというか、なんだかとんでもないな!と思ったものです。
 ずっと流行歌のサビだと思い込んでいましたが、ごく最近になってから「ひょっこりひょうたん島」の劇中歌だということを知りました。どういうシチュエーションで、誰に歌われたのかよく知らないのに、歌の記憶だけが残るというのは、なんだか不思議な感じです。母にたずねた記憶もあるのですが、「忘れた」と言ってちゃんと答えてはくれませんでした。

 ひょうたん島といえば、脚本を共同執筆された、井上ひさしさんのエッセイを読んだことがあります。
 そのエッセイはちくま文庫から出ている『東京百話』という本に収められていました。『幕末百話』や『明治百話』のように、その時代に生きた人々のエッセイをアンソロジーとしてまとめたものです。通読すると年表や映像など俯瞰した歴史の流れではなく、その時代の人々の暮らしの細部を覗いたような感覚に陥り、どこから読んでも楽しめる作品となっています。

 井上さんの作品は「喫茶店学―キサテノロジー」というタイトルがついていたので、何か面白い事実が書いてないかと、まっさきに読んだのですが、そこに書いてあったのは、脚本の締め切りに追われ、毎日、喫茶店のテーブルに張り付いていた頃の回顧録でした。そして、締め切りに追われていた仕事はやっぱり「ひょうたん島」でした。
 その頃(1960年代半ば)には、新橋・田村町(現・内幸町)に東京放送会館(NHK)があり、井上さんは仕事場から近い近辺の喫茶店を執筆場所として、転々としていたそうです。
 タイトルこそ「喫茶店学」とはしているものの、喫茶店の経営や業態をまとめたものではなく、利用者の目線で、当時喫茶店とどう付き合っていたかを、若気の至りと表せるような自分自身の言動も加えながらやや醒めた眼で語っています。
 当時、井上さんは脚本書きの仕事場兼打ち合わせ場所として、喫茶店を使用していました。
書き物にちょうどいい机や椅子、集中して書ける席と店内のつくり、気のいい店の人、など、条件が合う店をねじろにし、朝から晩まで過ごしていたそうです。
 ほぼ一日じゅう店にいたのだから、店に落とす金額は相当なもので、店側も気前のいい放送作家に対して、出前のサービス、店のメニューにはないものを出すなど、特別あつかいをしてくれたそうです。
 しかし、店と井上さんとのお付き合いの結末は、決してハッピーエンドではありませんでした。井上さんら、テレビ関係の人間が頻繁に押し寄せた結果、店はそれまでの多くの固定客を失っていったからです。
「騒々しくて雰囲気が悪くなった」「特別扱いでサービスされる客がいる」など、居心地が悪くなったり、環境の変化を感じると人々は別の店に移ってしまいました。
 結局、「ひょうたん島」の脚本を書いていた5年間に、5、6軒をつぶしたのではないか、と井上さんは書いています。

 「ひょうたん島」の台本を読むと、非常事態では力を合わせて敵とたたかう島民たちも、平和が戻るとカネ、時間に束縛され、ほんろうされる日常へと戻っていきます。一見、あらすじは破天荒でばかばかしい展開に思えるのですが、所々に見られるリアルさは、井上さんや、共同で執筆していた山元譲久さんが経験したしょっぱい出来事に基づいて、書かれたものだったのでしょうか。

 さて、話代わって、当時の旧町名と同じ名前のついた老舗洋菓子店「田村町 キムラヤ」が西新橋交差点そばにありますが、井上さんらは訪れたことがあるのでしょうか?
 当時の店の立地や雰囲気から考えるに、おそらく常連で通うことはなかったと思うのですが、一度くらいは打ち合わせで訪れていたかもしれないと想像してみました。
 私の知るかぎり、今では、朝は出勤前のサラリーマンがモーニングコーヒーを楽しみ、お昼はランチ営業、午後~夕方はケーキセットを楽しむ近隣女性で賑わい、時には社用の手土産を買う人がショーケースの前で品定めする、そんなお店です。創業はキリのいい1900年。店のホームページを見ると、銀座の木村屋総本店からのれん分けしたようです。店内には文人などのサインを寄せ書きした色紙もあり、歴史を感じさせます。

 まだ一度も店内を利用したことがなかったので、入ってみました。夕方の店内は仕事を終えたような女性社員の方々でほぼ埋まっていました。接客していたのは、コックスーツに身を包んだ男性2人に女性1人の元気な人たちでした。洋菓子店は、清楚な制服を身につけた店員を別に雇っているところも多くあるので、「作った人が売ってます」というイメージは、意外でした。
 コーヒーとケーキのセットを頼んだところ、400円台のケーキが値引きされ、セットで600円台でした。たまたまかもしれませんが、ココアをまぶしたアーモンド菓子もサービスしてくれました。
 店のロゴ入りのオリジナルカップ・ソーサーで老舗感を演出している割には、手頃な値段で、キラクな感じでした。

 帰り際、ずっと気になっていた擬人化した豚のサインが誰のものなのか店の人に聞いてみましたが、「サインに書いてあるのではないでしょうか?」とのことでした。ということは、これまでもあまり人に訊かれたこともないのかなあ? 筆文字は読めないので、結局、よくわからないまんまです。

※田村町 キムラヤ
港区新橋1丁目 朝8時半~夜8時 土日祭 休
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by matsutakekissa | 2011-07-21 18:45 | 港区山 | Trackback | Comments(0)