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らんぷ

 新宿の西口大通りと青梅街道の交差点、通称大ガードのビル地下1階にある喫茶店。ぼんやり歩いていたら、「15分あったら喫茶店に入りなさい」という張り紙が眼にとまりました。
 地階に降りて行くとドアの前には「らんぷ」という名のカストリ焼酎のポスターが貼られています。ひょっとして夜はバー営業のみ? コーヒーNGだったら帰ればいいかと、ドアを開けました。
 表の看板にあったSince 1957という創業年にちょっとだけ期待していましたが、店内は改装されたか建て替えられたかして、シックでモダンな雰囲気でした。店名に忠実だったのは、照明器具がランプの形だったことぐらい。
 カウンターにいたマダムはケーキセットの貼紙をみていた私の視線を見逃さなかったのか、スタッフの女性に「ケーキはまだあったかしら」と確認をしてから、「よろしければケーキセットもできますよ」と薦めてくれました。これで一安心。昼・喫茶店、夜・バーというわけではなく、お客の要望と都合に合わせてくれる店なんですね。

 店の看板メニューのひとつは焼酎のコーヒー割りらしいのですが、メニューにはコーヒーと酒類が半々くらいでした。そのほか「初恋の味 カルピス」、ビワの酒「ビワミン」とか、コピーがそそられるドリンク類もあって迷います。でも結局、ブレンドを頼んでしまいました。

 カウンターにあった「ご自由にどうぞ」のラックに貼られた「大沢悠里のゆうゆうワイド」のステッカーが気になってみていたら、その隣には「ゆうゆうワイド」のカセットテープらしき箱がたくさん並べてありました。
 ちなみに「ご自由にどうぞ」のパンフレットの中身は、ラジオ番組表とかではなく、落語や講談のガイド本でした。数ヵ月に1回、ここで寄席を開催するのだとか。お聞きしたところ、マダムは大沢悠里さんと親戚関係にあるそうです(!)。
 また、壁に飾られていた絵画の数々はマダムのお姉さんの作品とのことでした(渡辺淳一の小説『愛の流刑地』の新聞連載時に描かれたイラストの原画らしい)。
 なんだか芸術・芸能関連とゆかりのあるお店なんだなぁと思っていたら、とどめの一言がマダムから発せられました。「この店がドラマのロケに使われて、今度TVにでます。もし、気が向いたら観てくださいね」
 その言葉とともに渡されたのは1枚のメモ。鉛筆の手書きをコピーしたもののようです。常連客と店に興味を持った客に配っているものなんでしょうか。次回来たお客が「見たよ」って話のネタにするんだろうな。
 放送日時を見てみると、かなり近々でした。以下に記します。
 2011年6月2日(木)ドラマ『ハガネの女』(テレビ朝日系列21:00~)
 2011年6月17日(金)ドラマ『ブルータスの心臓』(フジテレビ系列21:00~)
 なんだかコーヒーとは関係ない情報ばかり書き連ねてしまいましたが、ちょっと目立ちにくい地階にあるので、新宿で休む場所に困った時には使えそうなお店でした。

コーヒー 500円
新宿区西新宿1丁目

※このところTVでよく見る喫茶店といえば、東麻布の「ぶらじる」。なぜか番組内で毎度店内が映ってされているのですが、その番組を最初から最後まできちんと見ていないので、理由をよく知りません。日テレ系列月曜深夜24:30~で、東野幸治と岡村隆史が旅をするという番組内の冒頭、いつもレイコー(?)を飲みながら次の旅先について語るその背後にはいつも「ぶらじる」の屋号入りの飾り用ミニ提灯が。初めて観た時は、「あっ、ぶらじるだ!」とか言ってましたが、何度もそのシーンが放送されると、すっかり背景として同化し、TV局内の控室とあまり変わらないように思えてくるから、不思議な感じです。
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by matsutakekissa | 2011-05-29 21:25 | 新宿区山 | Trackback | Comments(0)  

トリコロール

 GINZA 5(銀座ファイブ)地下1階の片隅にあるコーヒースタンド。銀座松坂屋の裏手にあるトリコロール本店の支店です。新しくも古くもない、ごく普通の外観の店です。でも、ずっと前から気になってはいました。中がまる見えのコーヒースタンドでは、マスターもお客も動作の一つひとつがスマートに見えて、なんだかあこがれます。でも、あぁいう場所が似合うオトナにはまだまだ早いと、これまでは前を通り過ぎてばかりでした。
 ひさびさに通りかかると、カウンター10席ほどの小さな店内はお客さんが4、5人入ってほぼ満員。そのほとんどが常連らしく、店内は話がはずんでおりました。そのほとんどが年配の方ばかり。「今なら少しくらいスマートでなくても紛れ込めるだろうか」

 時間を少しずらして訪れてみると、お客さんは少し減ったものの、まだひっきりなしに、入れ替わり訪れています。そんな状態ですから、少しお歳を召したマスターは、動きがとてもきびきびしていました。ペーパードリップに注がれるポットのお湯はすばやく上下運動され、見る間に下のサーバーにたまっていきます。カウンター内の中央には木桶に入った氷が置いてあり、新しい客が来るたび、お冷用の氷をアイスピックで砕いています。
 ところが、世間話で盛り上がっていた店内も、自分が来たことで店の空気や流れを変えてしまったのか、潮が引くようにお客は1人減り、2人減りして、そのうえマスターも急に何かを思い出したように「あっ」と声をあげて、店を出て行ってしまい、自分だけが取り残されました。
 ほどなく、新しいお客さんがやってきました。マスターのいないのを見て、ちょっと困った顔。思わず目が合いました。
 「(マスターは)いいお歳なんだから、どこかで倒れでもしたら困っちゃうわ」と話しかけながら、戻りを待つことにしたようです。「今どき、コーヒーをちゃんとたててくれる店なんてなかなかないわよね」この店は40年くらいやっていて、マスターはもともと高島屋か三越だかのトリコロールのコーヒースタンドで働いていたのだとか。「当時は喫茶店があんまりなかったし、マスターの仕事は新しくてしゃれた職業だったのよ」ここの店は改装して少し広くなったそうですが、昔は今より狭かったにもかかわらず、人を1人雇うくらい忙しかったのだとか。「私、企画宣伝部みたいだけど、また、近くに寄ったら店に来て見てね」
 そうこう話しているうちに、マスターが戻ってきました。長年のおなじみさんらしく、マスターとのやりとりも丁々発止、聞いていて小気味がよかったです。
 コーヒーもトーストもおいしかったけれど、それ以上に何か心が満たされる処でした。

コーヒー 350円 コーヒー+トースト、ホットドッグなどのサービスセット 450円
中央区銀座5丁目
確か朝平日朝7時~夕方6時か7時ごろまでの営業だったと思います
土日も営業しているそうですが、朝は10時から
※銀座ファイブのHPにお店の紹介があります
www.ginzafive.com/
※2在りし日のトリコロールのコーヒースタンドの写真がどこかになかったかと『建築写真文庫【再編】』をめくってみたら、有楽町フードセンター(現・銀座INZ)の「銀座トリコロール」と数寄屋橋ショッピングセンターの「トリコロール」がありました。数寄屋橋ショッピングセンター(現・銀座ファイブ)の方の写真には現在と同じカーブしたカウンターと目隠し用の衝立が写りこんでいましたが、エスプレッソ用マシンが置いてあるのが大きな違いでした。で、肝心の三越だか高島屋だかのデパ地下(地下じゃないかも)の支店は載っておりませんでした。あと、「銀座トリコロール」と「トリコロール」の違いも何か気になる・・・。本家と暖簾わけで店名が違っているのかな?ちなみに仙台市内にも「トリコロール」という喫茶店がありますね。これは東京・銀座のトリコロールの支店なんだろうか?
※3【註:憶測です】結局、全国展開している「トリコロール」とは、キーコーヒーグループ事業のひとつのようです。「銀座トリコロール」とチェーンの「トリコロール」の間の関係はよくわかりませんが、過去には関係があったものの、現在、経営は別々だと思われます。全くうらをとっていない憶測です。
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by matsutakekissa | 2011-05-26 12:23 | 中央区山 | Trackback | Comments(0)  

 今更告白するほどのことでもありませんが、実家は石川県にあります。でもここは、故郷と呼べるほどの思い出が少ないのです。盆暮れの帰省を指折り数え、旧友との再会を心待ちにし、郷土の風土や名産品を自慢できるほど、思い入れがないのがちょっとかなしい。

 昨秋、葬儀に参列するため、久しぶりに父の故郷を訪れました。以前訪れた時も寂れた風景でしたが、駅前にあった小松製作所が取り壊されたせいか、ますますさびしい雰囲気を感じました。

 父の実家は既に売り払われてしまったので、ここに来る理由はますます少なくなりました。幼い頃は連休のたびに祖父母に会いに訪れたものですが、家庭の事情により、この20年ほどは2、3回ほどしか小松を訪れていません。そのことを考えると、いつも気が重くなります。
 帰省の時はいつも実家に直行していたため、小松駅周辺を歩くことはほとんどありません。ほとんどシャッター商店街と化した薄暗いアーケードを歩いていると、その先に明かりが見えました。

 光っていたのは喫茶店の名前が書かれた電光看板でした。車1台が駐車できそうなスペースの奥に、店の入口があります。木枠のドアから覗いた店内は、だいぶ年代が経っていそうなつくりをしていました。小松駅前にこんな店があったのか…。
 本日一番の客だったらしく、店内は暖房が効いていませんでした。天井の梁や仕切り板の木目は深いこげ茶色で、店の雰囲気は重厚でやや薄暗く感じます。ただ、窓の外が中庭になっており、淡い朝の光が差し込んできていました。
 店の壁のあちこちには絵画が掛けられています。店の隣からキャンバスがいくつものぞいて見えるので、どなたか、画を描いている方がいらっしゃるのでしょうか。店の壁のあちこちにも絵画が飾ってあります。
 「今朝は寒いですね」とお店の方がストーブを点けてくれました。しばらくして常連客が訪れると、店のおばさんの喋り方はなまりのある言葉に変わりました。かつて耳にしたことのあるなじみのある音のはずなのに、まるで異邦人になってしまったかのよう。懐かしさと疎外感が入り混じった気持ちで店をあとにしました。
 
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コーヒー 350円
石川県小松市
朝8時半頃から営業 定休は不明
※店の入り口に「ノスタルジー」カフェだか、喫茶だかのポスターが貼られていました。近年、地元のコミュニティ誌かラジオなどで紹介されたでしょうか?
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by matsutakekissa | 2011-05-18 12:53 | 旅編(東京都以外) | Trackback | Comments(0)  

ローザ

 中野のブロードウェイに行く途中、車窓からは満開の桜の花が見えたので、東中野で降り東口から神田川へ向かいました。普段は静かな人通りの住宅街も、お花見の人々の流れができていました。

 川へつづく道の途中にある喫茶店は、自分の知る限りではいつも閉まっているのですが、その日は店内に灯りがともっていました。ドアを開けるとそこには誰もおらず、コーヒーの残り香と音楽がながれていました。
 すみません、と声をかけると、奥からはマスターが顔を出しました。
 「もう、お終いですか」と尋ねると、お昼ごろまでですとのことでした。
来るのが少し遅かったことを残念に思ったのが半分、とうに閉めていたとずっと思いこんでいた店が営業していてうれしかったのが半分で、近いうちにまた来ようと思いました。

 よく晴れたうららかな朝に、再度店を訪れると、そこは早朝から近所の方々の集うサロンになっていました。カウンターには老眼鏡がいくつもあります。必要なお客さんが店に「置き眼鏡」として置いていっているのでしょうか。マスターとのお話を楽しみにする人がいる一方、散歩の途中に出会った近所の方同士が立ち寄ったり、あるいは誰とも話さずに新聞を読み耽る人…。みなさん、自由きままに店での時間を過ごしていて、仕事は既にリタイアされているような年齢層の方ばかりでした。そういう常連客ばかりの店に割り込んでいく自分は、今日も場違いで無粋な奴のはずでした。
 でも、あまりぎこちなさを感じませんでした。それは常連さんが他人にあまり干渉せず、人それぞれに過ごす人が多かったからかもしれません。

 突然、店の奥からニャアニャアという声がしました。「そっちにいきたいっていってるんだわ」と常連さん。マスターがカウンターの奥の引き戸を開けると、白黒ブチ猫が出てきて、カウンターの向こうのお客の顔を見ていました。マスターに喉を撫でてもらうのを見るかぎり、かなり大事にされているようでした。

「つもりちがい十ヵ条」が貼られていました。
つい最近、とある店で見かけて以来、気になっていたので、写真を撮らせていただきました。文字にも起こしてみました。

高いつもりで 低いのが 教養
低いつもりで 高いのが 気位
深いつもりで 浅いのが 知識
浅いつもりで 深いのが 欲望
厚いつもりで 薄いのが 人情
薄いつもりで 厚いのが 面皮
強いつもりで 弱いのが 根性
弱いつもりで 強いのが 自我
多いつもりで 少いのが 分別
少いつもりで 多いのが 無駄

そのつもりでがんばりましょう

はい そのつもりで がんばります。
正直、わたくしにとっては耳に痛いことばだらけですね。

中野区東中野5丁目
朝6時~12時ごろ
コーヒー 330円 モーニングセット 500円~550円

【追記】
 あまり多くの資料を読んでいないので、あいまいですが、どうやら関東大震災後、東中野駅周辺は商店が増え発展したようです。駅東口の商店街「東中野本通り共栄会」にあるベーカリー兼喫茶店には、商店会の歴史をまとめたファイルが置いてあり、興味深く拝見いたしました。結婚式場で有名な「日本閣」は釣り堀店から経営拡大していったとか、全く知りませんでした。わが町を愛する方々の手によって作られたということがうかがわれる内容でした。
 また、月刊誌『机』(紀伊国屋書店、1958年2月号)に書かれていた井上誠さんの記事によると、震災後の東中野の喫茶店に触れた記述がありました。ミモザ、ユーカリ、暫、ざくろ、ルネ、ノンシャランなどの店があったそうです。喫茶店は当時、作家や詩人のたまり場として利用されていたようで、その中には北原白秋、井伏鱒二、林芙美子などのメジャーな方々の名前も見受けられました。現在は閑静な住宅街としての東中野周辺しか知りませんが、賑やかな時代もあったのですね。また、震災後に街が発展した点は、新宿と同じということにも気付かされました。
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by matsutakekissa | 2011-05-13 13:03 | 一本マツ | Trackback | Comments(0)  

 広島観光の最後に基町の団地(基町・長寿園高層アパート)を訪れました。紙屋町にある広島そごうの北方面、中央公園の奥に位置する公営(市営・県営)団地群です。
 団地の歴史や建築に関しては広島の建築物をまとめた「建築マップ」というサイトが大変詳しく、旅行の前には大いに参考にさせていただきました。ありがとうございます。そのサイトとWikipediaの説明によると、終戦後のバラック建設から発展した木造住宅密集地帯は「原爆スラム」と呼ばれており、その後相次ぐ火災から土地の再開発事業が1960年代に持ち上がり、10年の歳月をかけて団地が完成したそうです。

 低層群と高層群に分かれたアパートが建つ広い敷地内には小学校や幼稚園、交番、ショッピングセンターもあるそうなのですが、ひとつずつ確かめていたらとても時間が足りないので、興味の赴くままに歩いてみました。
 団地の数ヵ所に点在している商店街には畳屋、水周りの工事を行う工務店、学習塾、美容室、酒屋、食料品店、お惣菜屋、お好み焼き店まで実に様々な業種の店舗があって驚きました。団地の西側の太田川沿いの県営住宅の近くには銭湯「平和湯」と数店の商店が建ち並んでおり、喫茶店の看板もありました。思いもよらないことでした。b0158023_23302643.jpg
 プラスチックのドアを開けると、店内にいたのはマスターお一人。コーヒーを注文すると、おかきとお茶をサービスしてくれました。きさくな方で、突然現れた余所者の自分にも、いろいろと話しかけてくれました。
 「かなり長くやっているお店なんですか?」と尋ねると、「団地ができる前から営業しているから、45年以上やっています」とのことでした。元々マスターのお母さんが経営していたそうですが、3年前に亡くなられたため、息子さんが後を継いでいるそうです。「やめようかと思ったけれど、『やめないで』と来てくださるお客さんがいらっしゃいますから」。
 原爆資料館の展示を見て、かえって戦前の広島を全く知らなかったことに気づきました、と話すと、店の奥からわざわざ本を持ってきてくださいました。戦前・戦後の広島の写真や文章を集めた本で、マスターのお母さんの蔵書とのことでした。「みんな原爆で燃えてしまって、広島には古いものがあまりないんですよ」 マスターは戦後生まれだそうですが、被爆して戦後若くして亡くなった身内の方のことを話してくださいました。
 立ち入ったことをお聞きするきっかけをつくり、大変うかつだったことを謝りましたが、マスターは淡々とされていました。祖父母の代に戦争体験があるのと同様、広島出身の方に原爆体験があるのは当然なのですが、あまりにも想像力がありませんでした。
 店を出て太田川の河川敷を歩いていると、被爆した樹木の碑など、原爆に関連した碑をいくつか見つけました。あの時、この川で亡くなった命もたくさんあったことでしょう。夕陽色に染まる川面を見ながら、今日のことを忘れないようにと、誓いました。b0158023_23305651.jpg

コーヒー 300円
広島市中区基町
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by matsutakekissa | 2011-05-03 23:33 | 旅編(東京都以外) | Trackback | Comments(0)