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純喫茶パール

 十数年ぶりに広島に行ってきました。これまで3回ほど来たことがあるのに、修学旅行とか、次の日の移動のための宿泊のみとかばっかりで、まともに街を歩いたことがありませんでした。
ひとつだけあった目的と用事を済ませた後は、時間を自由に使うことができました。さて、どこへいこうか。広島と言えば、ガイドブックにも載っている有名な老舗喫茶店があります。駅前の「パール」です。
 店内に入ってすぐ、天井が高いなあと感じました。開業は戦後すぐのことらしいので、当時来店した人々は、今よりもっと広々とした空間を体感していたのでしょうか。
 店内は広々としていますが、TVを見るためか、お客さんの多くは入り口近くの席に固まって座っています。レジの横にはスクラッチ式の馬券も置いてありました。奥にはマンガの本がぎっしりつまった本棚もありますが、そっちはお客はまばらでした。ガラスケースには広島カープグッズが展示されていて、それを見て改めて旅に来たことをしみじみ感じました。
 まだ朝だったのでモーニングの一番安いセットを注文しましたが、周りを見渡せばホットコーヒーのお客さんばかり。コーヒーにはお菓子か何かが付いてくるみたいです。ここは中国地方だけど、中京や近畿地方の習慣がこっちまで伝播しているのだなあ。
 周りのお客さんをちらちら観察しつつ、観光ガイドと地図に目を通し、次の目的地を確認しました。有名な店だから観光客も結構多いのかと思いましたが、常連さんばかりのようです。
 帰り際、レジに立っていたおばさんに話しかけると、「つい最近、映画の撮影があったの。『悪人』の監督、ヤン監督って知ってる?」と聞かれました。
 なんでも、監督じきじきにお店にやってきて、撮影していったのだとか。
「こういうレトロな店、いまどき他にないし、つくれないでしょう」と、撮影地に選ばれたことを誇らしげに語っておられました。某企業のCMサイトにて上映の20分ほどの短編作品のようですが、「私はインターネットやらないから見れないの」と残念そうでした。4月20日から放映、ということも念を押されて言われました。
 あれから2カ月近くが経とうとしています。その日を大変楽しみにして待っていたのですが、残念ながら、企業のサイトには映画がアップされておらず、ニュースリリースにすら載っていません。おそらくは震災の影響だろうと予想されますが、もしかすると編集が遅れているのかもしれません。(多分見逃してはいないと思うのですが、そのページを単に探し出せていない可能性も…ありますが)。お蔵入りにならないことを願っています。企業ホームページでアップされ次第、当ブログにも追加情報を追記したいと思います。
 なお、映画『悪人』の監督はヤン監督ではなく、イ(李)監督でした。私はてっきり、「月はどっちにでている」の崔洋一監督かと勘違いしていたのですが、イ監督は新進気鋭の方なんですね。

コーヒー(自家焙煎) 360円 ※きちんと確認しませんでしたが、コーヒーアーンで淹れているようです。だとしたら、かなり珍しいですね。b0158023_12572219.jpg

広島市南区松原
朝7時か8時からの開店でした。日曜も営業していました。
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by matsutakekissa | 2011-04-28 12:58 | 旅編(東京都以外) | Trackback | Comments(0)  

虎ノ門般若・談話室

 いつもあちこちの店に浮気していて、一所に腰をすえて通いつめることがほぼない無責任な自分ですが、最近、時間がとれれば訪れる店が1軒できました。

 きっかけは単純でした。目白駅前にある喫茶店の営業時間を尋ねようと、iタウンページで検索をかけた時でした。そこで本来知りたかった結果は得られませんでしたが、代わりに検索結果一覧には気になる文字がありました。「虎ノ門般若」という屋号の店が、目白駅徒歩圏内にあることでした。

 これって、虎ノ門般若のことかなあ。虎ノ門から移転したのか、それとも、別のオーナーが名前を継いで、目白で店を開いたのかなあ。いやいや、全然関係ないかもしれないし。
 気になったので行ってみました。時間はすでに夕暮れ近く。営業終了していても、不思議ではありません。でも、外観だけでも確認できたらそれでいいか。学習院大学の側を通り、千登世橋を渡って、古い石の階段を降り、ゆるやかな坂を下ってその住所のところへ向かいました。

 表通りから横道に入ったすぐのところに、いつか見た看板がありました。店先の電光看板と青色の筆文字調の「般若」の看板です。店の入口は石畳のアプローチの奥にあり、一軒家カフェ、といった趣でした。

 扉を開けると、店内にはマスターらしき年配の男性がいらっしゃいました。過去に2度行ったきりでお顔を記憶していませんでしたが、「虎ノ門にあった般若ですか?」と尋ねると、そうですというお返事でした。何でも、店はマッカーサー道路建設工事のため、2010年8月で閉店し、同年の11月19日に、ご実家のある今の場所に移転して開店したそうです。
 マスターは「まだオープンしたばかりで『開店休業』みたいなものです。開店の工事も結構長引いて」とおっしゃっていました。隣のご実家の蕎麦屋さんを手伝い、ご自身も通院しながら喫茶店経営を続けているそうです。
 虎ノ門時代のお話も聞かせていただきました。開店当時のマスターのお若い頃の写真は、背景の壁にはツタがまだ生えておらず、壁は真っ白でした。場所柄、官公庁やサラリーマンなどお客さんが絶えることはなかったそうで、中には1日3度も顔を出していたお客さんもいた時もあったとか。マッカーサー道路の建設のため、40数年続いたお店は残念ながら立ち退きになってしまったそうです。ただ、店を辞める数年前には、TV「モヤモヤさまぁ~ず2」*1で取り上げられたそうで、そんなこともあってか、インターネットの口コミも数多く寄せられ、閉店まで常連さんはもちろん、新規のお客さんも沢山いらっしゃったとか。

 般若がもし虎ノ門の般若だったとしても、すごく今風の新しい店に変わっていたらどうしよう、と思ったけれど、民家を改修しての開店だったので、雰囲気があまり変わってなくてよかった、と伝えると、「前の店の雰囲気を変えないよう、前の店から持ってきたものがあるんです。わかりますか?」とのことでした。
 ツタの葉のインパクトが強いのと、店内の鏡くらいしか思い出せません。「うーん。カップですか?」「それは新しく替えました。変えてないのはテーブル、椅子、入口の扉なんかがそうです」
 そういえば、入口近くの飾り棚のカップも、確か前の店にも置いてあったような。
 店を再開させるそのエネルギーが本当にすごい、と思いました。一度閉店してしまったら、別の場所で再開というのは、なかなかないことです。特に喫茶店経営はなおさらです。

 その後、何度かはお邪魔していますが、読売新聞*2や地元・タウン誌*3に取り上げられたこともあり、地元の方の認知度が高まったり、週末には遠方からお客さんが見えることも増えてきたそうです。また、虎ノ門時代からずっと通っているお客さんにもお会いしました。
屋号にある「談話室」の文字通り、ここのお店の楽しみのいちばんはマスターとの会話だと思っています。マスターも「いろんな人が来てくださるからおもしろいね」とおっしゃっていました。
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ホットコーヒー 480円
豊島区高田3丁目
朝10時~夜7時(今のところは無休でやっています、とのお話ですが、ご自身の通院やご実家のお手伝い等で、時間帯によっては一時休憩もあるらしいです)

*1:TV東京系列でOAの深夜番組(だったらしい)。現在は日曜・夜7時から放送時間を1時間に拡大して放送中。レンタルDVD「モヤモヤさまぁ~ず2 Vol.8」エピソード46. 東京タワー周辺のドSおばさん(2008.3.28. OA)の回の最後にお店が出てきました。
*2:1月28日読売新聞都内版および読売新聞インターネットのサイト(YOMIURI ONLINE)の地域別記事(東京23区)2011年1月28日付に掲載。
*3:文化街21(2011年3・4月合併号:通巻20号、2011年3月18日発行)に掲載。
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by matsutakekissa | 2011-04-23 21:43 | 豊島区山 | Trackback | Comments(0)  

「ふつう」であること

 あの3月11日の大震災から1カ月以上が経ちました。

 言葉のチカラ、とはいうけれど、あの震災や津波の惨状、原発事故の映像を目にすると、しょせん口はどんな言葉を発しても、ただのきれいごとだいう気持ちになり、今も虚無感が続いています。電気供給量も少しは落ち着いてきたことだし、そろそろブログを再開しようとして、文字を打ち始めましたが、こんな時、どの言葉も過不足か過剰かのどちらかで、しっくりくる言葉がみつかりません。文字を消しては打ち直し、また消してはするうちに、また1週間が過ぎていきました。

 ただ、この先何が起こるにしろ、生きている限りは前に進むしかないのだとようやく思い至っています。この時のことを忘れることなく、忘れたくないと思った気持ちも忘れることなく、過ごしたいと思っています。

 さて、震災後は普段どおりのマインドをもって生活することがいかに難しいかを思い知らされました。中には自分の頭で考えたというより、みんながやってるから右に倣えと言わんばかりの奇妙な現象もあったりして、そんなものに流されないようにとは思っても、すべての不安を取り除くことはできませんでした。

 会社も相次ぐ仕事のキャンセルでとうとう「出社するに及ばず」と言われてしまい、数日休みになってしまいました。昼間仕事がないからといって、殺気立ったスーパーに買い物には行きたくないし、テレビ報道を見るばかりでは陰鬱になるばかりでした。

 やっぱり、こんな時こそ楽しいことをしよう。計画停電で電車ダイヤが乱れていることもあり、余震があっても、家に帰れるよう自転車か徒歩で行ける範囲内の喫茶店に行くことにしました。

 住宅街のその小さな喫茶店は、営業日が平日のみらしく、ほとんど訪れることができませんでした。周囲のビルに埋もれた古い木造住宅のその店は、本日も近所の常連さんで賑わっていました。マスターと奥さん(たぶん)は出前のピザパイを焼くのに大忙しでした。
 そんなところへ、「今晩にも大規模停電があるかもしれないって、テレビでやってたよ」と、あいさつもそこそこに、近所の方がやってきました。寅さんの映画でいうところのタコ社長みたいな登場です。
 「じゃあ、どんどん焼かなくっちゃね」と、常連のおばさんが、忙しそうなお二人の代わりに返事をしていました。
 この店の日常を知らないので、あまり勝手な断定はできませんが、それでも自分には、普段どおりのように思えました。お店も、御主人も、お客さんも。

 「こんな時だからこそいつもどおりにやっている」というより、「いつもどおりのことしかできないし、それが自分にとってもお客さんにとってもいい(落ち着く)のだからそうしている」ように見えました。
 普段ではありえない時間帯に、めったに行けない店に行くことだけでも、(ささやかかもしれませんが)特別なことでしたが、お店がいつもどおり(のように思えた)ことも加わって、忘れられない印象が残りました。自分が行くお店には「いつもどおり」を過剰に期待していることもあるのですが、普通ではない時にこそ、普通の営みが素晴らしく輝いてみえるのだと、心底そう思いました。
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by matsutakekissa | 2011-04-21 12:57 | エトセトラ | Trackback | Comments(0)