ムニャムニャせんべいと馬目焼

 昨年(2012年)12月10日、小沢昭一さんが亡くなられました。近年興味を持ち、多方面にわたる彼の業績のほんの一部にしか触れていない自分でも、小沢さんは仰ぎ見るような存在の人でした。役者としてだけではなく、研究者としても一流の方でした。お元気な頃のこともよく知りたかったし、残念でなりません。

 訃報を知る一週間ほど前に、小沢さんが愛していた羽田は穴守稲荷の煎餅を予約しようと電話してみたものの、12月のため既に予約で一杯でした。
 小沢さんはかねてより煎餅好きを公言し、著書やラジオでも度々そのことを取り上げておられました。穴守稲荷の煎餅はラジオ「小沢昭一的こころ」のシナリオを元に制作された単行本で知ったものです。

 単行本の章見出しは「ご意見無用、関東塩煎餅仕入れ旅」。塩煎餅。はじめは塩をまぶした煎餅と思い込んでいましたが、読んでいくとしょうゆ味の煎餅のことを塩煎餅と呼んでいるのだとわかりました。小沢さんが日ごろ食べ歩き探し歩いた煎餅のなかで、特に気に入っているものを紹介されているのですが、ご自身の幼い頃の思い出や色っぽいお話なども交えつつ、面白おかしく書かれていました。

 穴守稲荷のせんべいは江戸の後期創業、地元では有名な老舗煎餅店ですが、手焼きで代々家族が焼いているため大量生産ができないそうで、その単行本では、「ムニャムニャ煎餅」とぼかした表現になっていました。しかし情報氾濫の時世、特にグルメの類は詳細な情報がネットで手に入ってしまいます。
 現在は電話の予約注文でのみ受け付けていて、その後店舗へ赴いて購入するという、手に入りづらいおせんべいになっているようでした。
 昔の東京に詳しい方にその話をしたところ、その煎餅のことをよくご存じでした。「懐かしい。母が穴守稲荷の帰りによく買っていて、戦前の穴守稲荷は浅草よりも賑わっていた場所だったと言っていた。昔は普通に店頭で買えたものですが」とのこと。

 そののち、電話予約をして、何とかとうとう手に入れました。擬宝珠の形をした、うすやきのしょうゆのおせんべい。お米の粒をあえて少し残していて、しょうゆとのマッチングが香ばしく、くせになります。どこにでもあるようで、どこにもない味のおせんべい。なかなか食べられないからこそのありがたみを噛み締めつつ戴きました。

 さらに数年後。ある晩のNHKで、あの擬宝珠のおせんべいの映像が目に飛び込んできました。そうか、とうとう全国で映像が流れてしまったか。番組テーマである「散歩」という言葉はあくまで表向き、ち密な調査とロケハンの成果の上に成り立つ東京の知られざる一面を深く掘り下げている優良番組なのですが、せめて吉原と穴守稲荷の回だけは、ぜひ【特別篇】「ブラ小沢」でやってほしかった。いちファンとして勝手なことを考えました。

 話が長くなりました。しばらく羽田の煎餅は食べられそうにないので、代替品を買いに西新井大師へ行くことにしました。こちらも前述の単行本で知った西新井大師の門前に店を構える「浅香家」の馬目焼です。本によると、ウバメガシの備長炭で焼かれた登録商標の名物「馬目焼」は、超堅焼のおせんべい。焼く前の生地は塙団右衛門が使った刀のツバみたい、という比喩表現がなされていました。
 年末の大師前は嵐の前の静けさでした。寅さん映画が流行る前の柴又の門前の雰囲気ってこうだったかもしれないと思わせる風景が広がっています。煎餅屋も団子屋などの店舗数は新井薬師や川崎大師に比べて小規模ですが、観光名所しすぎていないのがいいな。
 浅香家さんの店先ではおせんべいを焼く姿がみられました。デイサービスを利用中の車いすのお年寄りが付き添いの女性と共にせんべいを選んでいたり、お年賀用か箱買いのお客さんがいて、地元の人に愛されているようです。
 馬目焼は一枚210円でしたが、小沢さんの著書によると大人の男のごはん茶碗一杯分の米を使っていて、これ一枚で腹がくちくなるそうです。もう一つの一押しは唐辛子を練りこみ、表面にざらめをまぶしたおせんべい、3枚で210円。このほかにも色々な種類があり、廉価なものでは小さめのしょうゆ味のおせんべい4枚で105円からあるので、食べたい分をちょっとだけ買うにも便利な価格設定なのがうれしいです。

 せんべいを買って、もう一足のばしました。先輩ママ友(と呼ばせてもらっていいのか)から教わったパン屋が大師の先にあるからです。TES Familyという変わった名前の店。大師前の門前からは徒歩10分ほどでしたが、住宅地の公園の近くにあるため、地元民でないと、偶然にもたどりつくのは難しそうでした。道はわかりやすく、大師の門前を出た大通りを西にまっすぐ歩いて、ロイヤルホストの裏手の公園の隣にあるとのことでした。
 果たして無事にたどり着けるかどうか、道中は少し不安でしたが、ログハウス調の一軒家を見て安堵しました。「喫茶とパン」と書かれた看板があり、店内はパンの焼き上がるいい匂いが漂っていました。
 パンはテイクアウトもイートインも可能です。彼女に教わった「2階で食べると眺めがサイコウ」という言葉を思い出して、調理パンのいくつかをテイクアウトしてもらい、オリジナルブレンドのコーヒーとパンのセットを注文して2階へあがりました。
 パンは温めて出してくれました。人気のジャーマンポテトドッグはたっぷりの具材が詰まっていて、お得感がありおいしい。コーヒーは自家焙煎だそうで、よい香りと味でした。大きくとられた窓からは冬の日差しが差し込んできて、目の前の公園の木々がよい借景です。鳥のさえずりも聞こえてきて、部屋の中なのに、外にいるような感覚でした。こんなカフェだったら自分でも入れます。教えてくれた彼女に多謝。

 後で店の方に伺ったところ、店は4年前に移転オープンしたそうで、以前は今の場所から公園を挟んだ向かいに店があったそうです。前の店の模型が2階に飾られていて、イスやテーブル、レジのカウンターや照明の一部も以前からのものを使っておられるそうです。今のお店、決してこじんまりしているとは思わなかったのですが、店の方は「前はもっとずっと広かったのよねぇ」と少し残念そうに話しておられました。

パン1種類、コーヒーとセットで500円でした。12時からのランチセット、パン2種類とドリンクセット700円がありました。
足立区西新井本町6丁目
日、月休
足立区の公社ニュースときめき2009年の号に記事が掲載されています。店は山小屋をモチーフに作られたと書かれていますが、2階席の奥にピッケルやかんじき、ランタンが飾られていたことを思い出しました。
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by matsutakekissa | 2013-01-28 15:46 | エトセトラ | Trackback | Comments(0)  

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