小沢サンのおかげ

 小沢さん、といってもイチロウでもセイジでもケンジでもなくて、小沢昭一さんです。昨春、図書館でふと小沢さんの著書を手に取っていらい、すっかりあの文体のとりこになりました。
 軽妙な話術が評判のラジオの長寿番組「小沢昭一的こころ」の雰囲気を生かしてか、エッセイの文体はあくまでも口語調。さらりと流れるような文章の中にも、知識と経験をモノにした人にしか書けない表現があるのですが、もちろん、ひけらかすようなことはしていません。気が付くと、まるでお話に耳を傾けるかのように、「うん、うん、そうそう・・・・・あははっ」と、そちらの世界に身をひきずりこまれてしまうのです。

 著書の一つ、『ぼくの浅草案内』(講談社、1978年)では、浅草とその周辺(蔵前、向島、三ノ輪)エリアの史跡、神社仏閣、旨い物屋などが多数掲載されている、浅草入門書です。よく知っているはずの神社や寺でも、境内の碑や云われまでは知らないことばかりで、「じゃあ、今度行ってみようかな」という気持ちにさせられます。
 もっとも、小沢サンは最初に「私は浅草生まれでも育ちでもないヨソモノ」と断りを入れ、後書きでは「旧蹟などに関しては、その道の専門家ではないから、今まで読んだ話や聞いた話のウケウリです」と謙遜していますが、よく調べてあるし、興味のセンスがイイ。また、小沢サンが「ソトのオフロ」と呼ぶところの「吉原ソープ街」についても、詳しくページを割いているので、その道のファンにとっても興味深いのではないでしょうか。
 
 この本の最後には「うまいもの店一覧表」という付録がついていて、本書で紹介できなかった浅草周辺の料理屋、土産処を簡単なコメントと地図付きで、約130店紹介しています。1978年当時の店だから、現在は既に閉店している店舗もありますが、浅草という土地柄か、意外と今でも営業を続けている店の多いことに驚かされます。
 喫茶店も何店か掲載されていました。「アンジェラス」「ハトヤ」「クラウン」「ダンケ」「ベルコーヒー」「ローヤル」・・・。みな、知っている店であり、行ったことのある店です。なんだかうれしくなりました。
 その中で一軒、店は知っているものの、一度も訪れたことのなかった雷門の「マーチ」に行ってみることにしました。
 浅草にしては珍しく日曜祝日がお休みの喫茶店ですが、休む理由は、雷門通りの向こうにあるからかもしれません。観光地と住宅地は通りで隔てられているのでしょう。
 これまでこちらの店に行かなかったのは、どうもコーヒーが高そうだからという、単純な理由からでした。水出し珈琲が名物らしいのですが、一杯680円也。400円以上のコーヒーを高級という基準にしている自分にとっては、ちょっと敷居の高い店でした。
 浅草でお祭りをやっている日、どさくさに紛れて店のドアを開けました。カウンターだけの店内はほぼ満席です。最初、フリの客に見えた若い男女は、これから仕事にでかけるような慣れた雰囲気で店を出て行きました。奥の席は常連さんたちがママさんと会話をしています。飲んでいるのはコーヒーではなく、アサヒのスタウト風ミニボトル。カウンター横の冷蔵庫を勝手に開け、瓶を取り出す姿は、居酒屋のお客のようでした。
 「どうぞ、ごゆっくり」の一言とともに出されたコーヒーを飲みながら店内を見渡すと、置かれた写真が目にとまりました。サックスのような楽器を抱えた男性は、どうやら海外のミュージシャンのようです。カウンターには横浜の「キャラバンコーヒー」の缶があり、ゴールデンキャメルも飲めるとのことでした。

 職業不詳、人種もさまざまな人たちが醸し出す独特の雰囲気が浅草にはあり、小沢サンはほめ言葉として「ウサンクサイ町」と表現していますが、「マーチ」も、その可愛らしい店名とはうらはらに、実に浅草らしさが感じられる名店でした。

マーチ
台東区雷門2丁目
朝10時~夕方6時 日祝日 休み
ブレンドは確か580円でした。
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by matsutakekissa | 2011-02-16 00:36 | 台東区山 | Trackback | Comments(4)  

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Commented by おおかわ at 2011-02-18 22:36 x
ご無沙汰です。おおかわです。
昨年の夏、とあるイベントにて小沢師(←と勝手に呼んでいます)の浅草に纏わる思い出話を生で伺う機会がありました。
井上ひさし氏の追悼企画だったので、浅草フランス座(最近は小○美奈子で有名ですが・・・。井上氏はお若い頃、フランス座のコントの脚本を書いていらっしゃいました)にまつわる芸人さん達の話を始めたら、もう止まらない止まらない!
ああ、本当に楽しかった!

今でも浅草には、芸人さんがよく顔出す喫茶店ありますよ。ま、テレビで顔が売れている方ではないので、居合わせても判る人にしか判らないかもしれませんがね。自分などは、ぼんやりモーニング食べていたら寄席の高座でお見かけする師匠が入っていらして、ひとりでドキドキしたりしてますが。
職業不詳・・・、でも実は、凄い職人さんだったりするのかも知れません。
Commented by matsutakekissa at 2011-02-18 23:57
おおかわさま、コメントありがとうございます。私も、最近までご無沙汰してました。
小沢さんのお話を生で聞けたとは、とってもうらやましいです!しかも東洋館で!かなり近くでご覧になれたのではないですか?
井上ひさしさんは、「ひょうたん島」のリバイバル放送で初めて知りました。あの方の知識量とボキャブラリーのすごさには、ただただ驚くばかりです。当時出版された「ひょうたん島」の台本を買って、わからない単語やセリフの言い回しの元ネタを親に聞いたり、調べたりして、一人よろこんでいた、ということを思い出しました。
たしか六区に浅草芸人が通う店、という触れ込みの喫茶店がありましたね。私は寄席などにほとんど行かないので、芸人さんや役者さんはすれ違っても、全然わからないです。浅草の楽しみ方をまだまだ、わかってないですね。
職業不詳、というのはちょっと言葉が足りなかったです。失礼しました。今度から、浅草に行く時はもうちょっと人をよく観察しようと思います。
Commented by おおかわ at 2011-03-09 01:07 x
浅草の楽しみ方、ですか。自分には特に思いつかないです...。単に、住まいが近い、というだけですね(苦笑)

対象は異なれど、"今、記録しておかないと、永久に失われてしまう"という思いに駆られて探訪している点で、こちらのサイトと小沢さんの『日本の放浪芸』は同質であると感じています。
Commented by matsutakekissa at 2011-03-10 11:16
そうだったのですか。楽しむというよりは、日常に近い風景なのですね。しかし、地元ではない自分にとっては、それがとても新鮮に映ります。

小沢さんと思いが同じという視点でみて頂けるとは、とてもうれしいです。

行動と結果は遠く及びませんが、この思いだけは保ち続けたいと思います。

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