プライド

 先日、酉の市に行ってきました。ここ4年は身近な人のご不幸に重なっているため、日々の生活はもちろん、祭りなんぞ本来は控えるべきなのですが、楽しみにしている行事なので、少しだけはその空気を感じに訪れています。

 祭りといえば、屋台めぐりが楽しみのひとつですが、この1年、都内の大きな催し物で時々見かけていた、気になる出店がありました。「インディアンソーセージ」という暖簾が張られた屋台の下では、コックスーツに身を包んだおじさんが、自信ありげに鉄板でソーセージをひたすら焼いていて、他の屋台とは一線を画した雰囲気です。
 1本(400円)購入すると、味付けされた骨付きフランクで、特にどうということはありませんが、あのおじさんの姿があまりに堂々としていて、とても印象に残っています。

 そのおじさんを見ていて思い出した店があります。きちんとした店なので、本当は比較するのも失礼なのですが。
 千束3丁目にある「せんわ通り」商店街。酉の市では屋台が並び賑わうこの通りも、普段の平日は人通りすくなく、ひっそりとしています。「名物カツ専門店」という看板が掲げられた「日の出」は、周囲の店が閉まった後でもまだ明かりがついていました。
 カツ専門店というよりは食堂のような外観で、ショーケースにはオムライスやエビフライ、コーヒーカップの見本があります。入ってみると、10人も入れば満席の小さなお店でした。
 店を切り盛りするのはおばさん1人。メニューにはカツを筆頭に洋食メニューが並びます。各メニューにはコピーが添えられ「お子様に人気」のハンバーグライス、「本場ナポリの味」のナポリタンもおいしそうでしたが、無難にトンカツを注文しました。それと、コーヒー。
 注文するとすぐ肉を叩き始めてこしらえて下さいました。待つこと20分、出てきたのはカラリと揚がったトンカツとライス。みそ汁とおしんこ付き。
 食べてみてやっと気づいたのは、この店のトンカツは家庭の味でも食堂の味でもなく、洋食のカツの味だったということです。とてもおいしかったのですが、和定食のカツを想像していた自分にとっては意外でした。
 店を出る時、額に飾られたたくさんの手紙や写真について質問したところ、その謎が解けました。
 この店のおじいさんは、帝国ホテルのシェフをしており、村上信夫さんが後輩だったそうです。黄ばんだ欧文の手紙は帝国ホテル時代に大使館関係やシェフ仲間から貰ったもので、とても大切にしているようでした。
 「息子は皆料理人になっちゃって。だからこの店はすっかり見捨てられちゃった」、とおばさんは少し自嘲気味に語りました。この家に嫁いで50年とおっしゃるおばさんは、まだまだお元気そうにみえますが、「4年前に足を骨折して、コックスーツが着れなくなった」と、普段着の姿を少し恥じていました。
 店の雰囲気に加え、三角巾にエプロン姿からはコックスーツが全く想像できなかったのですが、名コックを輩出している家のプライドというものが感じられて、つくづく外観で店を判断してはいけないのだと思い知らされました。

※洋食「日の出」 台東区千束3丁目・せんわ商店街 夜9時頃まで営業。
 
[PR]

by matsutakekissa | 2009-11-22 23:05 | エトセトラ | Trackback | Comments(2)  

トラックバックURL : http://kissamatsu.exblog.jp/tb/12371498
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by おおかわ at 2009-11-29 22:29 x
数年前のことですが、この店の前を通り掛かりどうにも素通りできず、入ってとんかつを食べました。その時もおかみさんが独りで切り盛りしていました。客は終始自分独りでした。記憶は曖昧ですが、日曜の夜で「からくりTV」を店内で見た気がします。でもこれは、一見明るい(テレビ番組が/店の灯りが)けれど、明日のこと(また月曜が来る/この店の今後は?)を考えると何だかブルーになる...といった自分の心理状態と店に対する(手前勝手な)心配が結び付いて捏造された偽の思い出のような気もします。

この近辺では、こちらの『日の出』、食堂『筑波』、洋食『菊亭』など、通過する際後ろ髪を引かれるポイントがいくつもあります。他にもこの附近以外ともなれば、沢山沢山沢山あります。

この「素通りできない」感に自分は雁字搦めになっている、という思いが日増しに強くなっている今日この頃です。
Commented by matsutakekissa at 2009-11-30 21:20
一応、喫茶店がメインのブログなので、記事には「コーヒーだけ頼める店」という条件の店しか書かないようにしています。しかし、「筑波」も、「日の出」も、プラスアルファの何かを感じてしまったため、番外的に書いてしまいました。

商店街で筆文字のお品書きが貼ってあるような食堂を目にすると、「入ってみたいな」という気になります。時間帯や腹の空き具合により思い立ったらスッと入れるわけではないけれど。

「日の出」は自分が訪れた時もお客さんは誰もおらず、おおかわさんと同じ印象を受けました。TVのバラエティー番組からは笑い声が絶えず流れていましたが、店主は黙々と仕事をしていて、とても対照的だったのを覚えています。

<< ばじりこ モデル >>