あのビル、あの店の思い出 2

 三信ビルの取り壊し計画を新聞記事で知ったのは、確か2005年のはじめでした。当時、1階のフロアにはアラブ系と韓国系の航空会社、日本郵船と、旅に関わる会社の営業所、カメラ屋、衣料品店、レストランなどのテナントが入っていましたが、取り壊し計画が出された後は次々に移転・閉店し、約1年後にはたった2、3軒のテナントを残すのみとなりました。
 普段、見向きもされなかったようなビルが、とたんに注目を浴びました。記事で紹介でもされたのか、知名度が上がり、ビルの撮影のためにカメラを携えて訪れる人々は日に日に増えていったようです。皮肉な現象ですが、これは三信ビルだけのことに限らないようで。
 できれば取り壊しが延期になればいいとは思っていましたが、反対という気持ちにはなれませんでした。一等地の古いビルなんぞ、所有者にとっては宝の持ち腐れ。維持費にかかる莫大な費用対効果を考えると、建て直しは必至だったと考えられます。
 そんな折、あるおばあさんからこのビルの思い出を聞きました。彼女にとって、人生で最も楽しかったのは、ちょうど戦前・戦中にあたる頃。空襲が激しくなり東京から横浜に疎開していた時、横浜の勤め先の会社から有楽町の三信ビル内の事務所に、時々おつかいを頼まれたそうです。
 おばあさんによると、当時のビルは百貨店だったらしいのですが、ちっとも流行ってなかったそうで、そのうち店は撤退してしまいました。当時地下にあったトンカツ屋がおいしく、贔屓にしていたそうです。思わず、「ニュー・ワールド・サービスは知っていますか?」とたずねてしまいましたたが、あの店は戦後の開店なので、ご存知ありませんでした。
(続く)
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この写真も、元・職場の先輩が撮ったもの。2階からの風景。ブルーシートの上に平積みになった宅配便の箱は、まるで波間を漂っているかのように見えました。
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by matsutakekissa | 2009-09-15 22:17 | エトセトラ | Trackback | Comments(0)  

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